前回の記事の続きです。

 

ルイーズ・ブラウンの言葉

レスリー・ブラウンはルイーズ・ブラウンを出産したあと、さらにもう一度体外受精に挑戦し、4年後に妹のナタリー・ブラウンを授かりました。

 

そして1999年5月、ナタリー・ブラウンは17歳という若さで長女のケイシーちゃんを自然妊娠で授かり出産しました。

2006年7月にはルイーズ・ブラウンも自然妊娠することができたのです。

 

この事実により、卵子を体外に取り出して人の手によって受精させる「体外受精」による妊娠・出産でも、DNAには問題が生じることはないと訴える人もいます。

ところが、事はそれほど簡単ではありません。

 

高度生殖医療の分野では、どんどん新技術が取り込まれ続けているからです。

 

最も新しいテクノロジーは不妊治療をしている患者さんに恩恵をもたらしますが、反面、多胎妊娠や未熟児が多く生まれてしまう、などの問題点も抱えています。

体外受精の裏の面については後程説明します。

 

だからと言って体外受精におけるリスクが高いということではなく、まだまだ知られていない面も多くあるということも知っておいてほしいのです。

ルイーズ・ブラウンはイギリスのBBCのインタビューに対して、以下のように回答しています。

 

「自分が体外受精以外で妊娠する手段がないと分かったとすれば、迷わず体外受精を行います」

 

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新技術による採卵方法

エドワーズとステプトーによって成功した体外受精によるルイーズ・ブラウンの誕生にいたるまでの治療日程を一番初めの例として、後に高度生殖医療の分野では何度か新しい技術革新が起こりました。

そのおかげで現在、高度生殖医療は大変な広がりを見せているのです。

 

初めの頃の体外受精では、世に広めることが出来ない決定的な障害がありました。

それは、当時は採卵を腹腔鏡によってしかできなかったということです。

 

そもそも、副膣鏡を扱うことのできるような技術を持った医者がごく少数しか存在せず、腹腔鏡による採卵は手術室で行うしかなかったのです。

まさに高度技術を必要とする医療行為だったのです。

 

後に、超音波診断装置の技術が急スピードで発達すると共に、経腟超音波検査ができるようになったことで、体外受精は大きく広がりを見せました。

それまで尿検査や血液検査による排卵日の予想をしていましたが、経腟超音波検査では画面上にはっきりと卵胞を確認することができます。

経膣超音波検査により卵胞のサイズや状態を形態学的にチェックすることができるようになったのです。

 

また、経膣超音波検査の技術が普及すると共に、新しい採卵方法が用いられるようになりました。

注射の針を用いて卵胞の中の卵子を卵胞液と一緒に吸い取るという技術です。

 

この方法を使えば局所麻酔を使うか、あるいは麻酔を使わなくても採卵が可能となりました。

そうして、体外受精が一般外来の診療行為として行われるようになったのです。

 

これにより日本の不妊治療の診療の在り方は大きく変化していくこととなりました。

日本においては1983年、東北医大附属病院で初の体外受精児が生まれ、それから後も大学病院で体外受精による妊娠が次々と成功するようになりました。

 

そうして経験を重ねた医師たちが1990年代には自分自身で開業。

外来診療の一部として体外受精が広く知られることとなったのです。

 

それからというもの、高度生殖医療を実施する医療施設はどんどん増加し、日本産婦人科学会に登録されているだけでも600件以上にも昇ります。

今日では体外受精の中心となる柱は大学病院などの施設ではなく、個人病院に完全に移動してしまったといってもよいでしょう。

 


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